なぜ依存症になるのか?

アルコール
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アルコール依存症支援に携わり、自分なりに依存症について学んでみましたが、人はなぜ依存症になるのだろうか?と疑問に思っていました。

自分自身もアダルトチルドレンを自覚しており、依存症患者と関わる中で何か共通するものがあるのではないかと、感じていました。

そこで今回は、人はなぜ依存症になるのかという疑問を自分なりに整理してみました。

ずっと自分が考えていたことなので、結構しっかりした内容になってしまいました。ちょっと読むのしんどいかもしれませんが、もしよろしければご覧ください!

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生きるための手段

僕は、人は自分に利益のある行動しかしないと考えています。つまり、どのような行動も必ずその人にとってメリットが存在すると思っています。そして、薬物、ニコチン、ギャンブル、セックス、買い物、窃盗、ダイエットなどの依存症であっても一見は自分を傷つけて何の得にもならないような行動でも、そこにはその人にとってのメリットが存在すると思います。

もちろん、以前書いたように薬物の使用によって脳内の神経伝達物質の変化による報酬効果や離脱症状が影響しているという説明もつきます。でも、長い間アルコールや薬物を止めていた人たちが再び使用を繰り返したり、常に使用を望んでいたりする事実はどのように説明したらいいのでしょうか?

依存症患者さんの多くに、親からの虐待やネグレクト(育児放棄)、その他のトラウマ(心的外傷)があるように思います。僕もそのような患者さんと関わっています。つまり、虐待やトラウマは依存症の発症リスクを高めるのではないでしょうか。依存症は科学的な知見だけでなく、その人の感情や経験を理解することが重要なんじゃないかって思うのです。他の一般的な病と違って、依存症はすごく個別的で不均質だから難しいっていわれるのでしょうね。でも、僕はそこに人間のドラマや力強さを感じるので、依存症支援をしていると自分も成長と変化をさせていただいています。

少し自分の話になってしまいましたが、やはり依存症という疾患の根底には心理的な苦痛はあると思います。

自己治療仮説?

後ほどご紹介させていただきますが、僕の疑問や分かりそうで分からなかったもどかしい感覚を解消してくれた本があります。その中で

依存症の中心は苦痛であって、次の4つの調整障害に由来しているといっています。(ちょっと、堅苦しい内容になっていますがご了承ください。大切なことなのでしっかりと書きました。)

  1. 感情:自分の感情を認識したり、向き合ったりするという、生きる上で当たり前と思えることを「耐えがたい」と感じる。依存性物質の魅力は、ある感情を消し去ったり、強化したり、あるいは変化させたりする。
  2. 自分には価値があるという感覚、自尊心:自分を過剰に大きく見せることで自らの低い自尊心を代償しようとする人を「ナルシスト」と呼ぶ。それとは反対に、過剰なまでに他者を大きく捉え、自分の幸せをその人と一緒にいることから得ようとする人もいる。自尊心の問題に苦しむ人の中には、依存性物質が、愛情の対象となり、自身が自らのことを好ましく感じるための手段となってしまう場合もありえる。
  3. 人間関係:依存症の原因を「愛着の障害」と捉える見解がある。誰かと意義ある関係を築き、それを維持していくことは、人生に欠かせない側面であり、それは私たちに安らぎや寛ぎ、さらには自分の存在を保障された感覚をもたらしてくれる。他者との関係性を築く能力は、先天的な気質や早期における養育者との関係に影響されているところが大きい。不幸にして、人生の早期において他者との関係を築く能力の芽が摘まれてしまうと、依存症が人間関係がもたらす安らぎと満足感の代わりとなってしまうことがある。
  4. 行動ー特にセルフケアー:本来あって然るべき、懸念や心配といった、存在や安全を保障する上で欠かせない機能が不十分もしくは欠如しているケースがある。生存のための危機回避行動は、早期の環境において養育者から、損害や危険を認識し、有害もしくは危険な状況に対処したり、回避したりすることを学ぶ過程で出現する機能であり、逆にその機能は、虐待的もしくは非保護的な環境で養育されることによって損なわれてしまう場合が少ない。このような機能を「セルフケア能力」と名付けており、これが未発達であるため、危険の可能性を推測したり、現実の危険な状況を察知し、不安や懸念を感じたりする能力が不十分であることに由来している。自傷行為などはセルフケア能力の未発達ないし欠如の結果であることが少なくないと感じている。

そして、依存性物質には、制御困難な感情や自己価値感、あるいは人間関係や行動上の問題が引き起こす苦痛をほんの束の間だけ緩和したり、変化させたり、何とか耐えられるものとする効果があるといっています。また、アルコールをはみめとする依存性物質は、誰にとっても魅力的なわけではない。ある特定の物質が魅力的なものとなるのは、その人が、特定の物質がもたらす即時的な「利益」がなんらかの問題を克服するのに不可欠であることを発見した時であるとしています。

まとめると、依存症の問題は、快楽の追求や報酬効果、あるいは自己破壊的傾向の顕現ではなく、その人間が抱える心理的脆弱性に由来しているといえます。そして、依存性物質や嗜癖行動など依存性のあるものを手当たり次第使用するのではなく、自分の苦痛や苦悩を和らげてくれると認識したものを使用し続けるのだと思います。

with 依存症

最近はテレビタレントやアーティストなど著名な方のアルコールや薬物問題、性的問題が話題になっていますが、日本ではまだまだ依存症に対する正確な知識や受け入れ体制は整っていないと思います。

その原因のひとつに、依存症に対する偏見や差別的な視点があるからだと思います。

この記事でも紹介したように、依存症の背景には生きる上で耐えがたい苦痛や苦悩を抱えており、自分では理解できず、表現できず、どうしようもない混沌とした不安や苦痛を、依存性物質や嗜癖行動といった自分で理解できる不安や苦痛を得ることで存在を保とうとしているのです。

依存症は本人だけでなく周囲の人を傷つけ、混乱させます。自分もそのような環境で育ってきました。そして、世代を超えて同じことが繰り返されるリスクもあります。

この世に生きる人は全て依存症と背中合わせで生きていると思います。依存症やその周囲の人たちを排除したり、目をつぶったりするのではなく、共存していく世の中にしたいと思っています。

依存症患者やその周囲の人たちを救うのは、その人たちがありのままでいられる安心できる環境であり、安全な人との繋がりです。

アダルトチルドレン当事者の自分も、最近ようやく人生は自分のものだと自覚できるようになってきました。それは自助グループやカウンセリングに通って、安心できる仲間や助けを求められる人を見つけることで、自分自身に「今までよく生き抜いてきたね」「苦労した分、きっと多くのものが得られているよ」「自分は自分、この自分で生きていこうじゃないか」と語りかけることができるようになったからです。

誰もが安心して生きていける、大袈裟にいえば(でも本気)依存症でもいいじゃないかと生きていけるような世界になればいいなと思っています。

本の紹介

この記事を書くきっかけとなった僕のバイブル本といいますか、素晴らしい本があります。それは

「人はなぜ依存症になるのか〜自己治療としてのアディクション〜」

(著)エドワード・J・カンツィアン/マーク・J・アルバニーズ

(訳)松本俊彦

です。素晴らしい本なので是非一度ご覧になってみてくださいね。

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